1836年秋:運命の「不協和音」白い手袋と男装の麗人
1836年秋:運命の「不協和音」白い手袋と男装の麗人
1. リストのサロンでの衝撃
1836年10月、パリ。ガス灯が揺らめき、社交界の喧騒が最も華やかだったあの夜、歴史に残る「最悪の出会い」が訪れました。ショパンの親友フランツ・リストと、その愛人マリー・ダグー伯爵夫人が主催するサロンで、その事件は起きました。
そこには、いつものように完璧な燕尾服を纏い、汚れ一つない白い手袋をはめてピアノの傍らに佇むフレデリック・ショパンの姿がありました。26歳の彼は、パリ社交界の「真珠」として、その気品溢れる調べで人々を魅了していたのです。
しかし、その静謐な空気は、一人の女性の登場によって無残にも切り裂かれます。
扉の向こうから現れたのは、当時の常識を嘲笑うかのような完璧な男装で身を包み、場違いなほど濃厚な煙草の香りと共に現れたのが、男装の麗人ジョルジュ・サンドでした。
彼女は、ショパンが最も大切にしていた「美学」の対極にいる存在でした。女の身でありながら男の服を着、厚かましくも自分から声をかけ、濃厚な煙草の香りを振りまく。その奔放な姿を見た瞬間、ショパンの美しい顔は困惑と不快感に歪みます。
「なんて嫌な女なんだ。彼女は本当に女性なのか?」、
ショパンが親友リストにそう耳打ちしたという逸話は有名ですが、事態はさらに複雑でした。
実は、サンドとリストは以前から非常に親密な仲(一説には愛人関係であったとも)であり、ショパンにとっての「親友」が、自分をこの「厚かましい女」に引き合わせた張本人だったのです。目の前のサンドをこの場所に連れてきたリスト自身、かつて彼女と深い仲にあったという、濃密な人間関係の糸が絡み合っていたのです。
2. 「カタログ」の1ページとしての興味
当時のサンドは32歳。すでに文壇の寵児であり、恋多き女としても名を馳せていました。
彼女にとって芸術家たちは、自分の知性と感性を刺激する「コレクション」のような側面があったのかもしれません。
繊細で気高く、どこか儚げな26歳のショパンは、彼女が収集する「新しいカタログ」に加えるべき最も手に入れたい最高の逸材に見えたことでしょう。
彼女は初対面の挨拶もそこそこに、ショパンを自分の領地である「ノアンの館」へ執拗に誘い始めます。対してショパンは、自らの鎧である白い手袋の手をぎゅっと握りしめ、その誘いを冷ややかに拒み続けました。これが、後に「19世紀最大のロマンス」と語り継がれる二人の、美しくも残酷な幕開けだったのです
3. ショパンの拒絶と「鎧」
ショパンはこの時、サンドの強烈な個性に生理的な嫌悪感すら抱いていました。
• マリアとの婚約: 実はこの時期、ショパンの心にはまだポーランドの婚約者マリア・ヴォジンスカへの想いがあり、彼の潔癖な精神はサンドのような奔放な女性を受け入れられませんでした。
• 招きの拒否: サンドからの熱烈な、そして一方的な誘いに対し、ショパンは「今は忙しい」「体調が優れない」と、いつもの丁寧ながらも冷ややかな態度で、その誘いを拒み続けました。
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