ℱ・ショパン《権威の館と、歓迎なき街の署名》
【第4章・中盤:丸腰の戦場と、偽りの巨匠たち】
「ティトゥス、君にだけは、僕がどれほど無防備な姿でこの街に飛び込んできたかを理解していてほしい。本当に、これだけなんだ」
ショパンがパリに持ってきた後ろ盾は、あまりにも惨めなものだった。
ウィーンのマルファッティ医師が書いてくれた、作曲家パエール氏への紹介状がたったの1通。あとはウィーンの出版社宛ての、使えるかどうかも怪しい2、3通の挨拶状。本当にそれだけが、彼の全財産だった。
ワルシャワ陥落の悲報にシュトゥットガルトで引き裂かれ、迷い、狂いそうになりながらも、あのウィーンの夜にティトゥスと交わした約束だけを胸に、彼はこのパリという別世界へ、強い決意とともに退路を断ってやってきたのだ。
幸いにも、パエール氏の紹介状という唯一の命綱が機能し、ショパンはパリのオペラ座を牛耳る君臨者たち——ロッシーニ、ケルビーニ、バイヨーといった大作曲家たちの元へと辿り着く。
他の友人への手紙には、ただ誇らしげに「彼らに会えた」とだけ書き連ねたショパンだったが、ティトゥスへの筆先には、その華やかな面会の冷え切った実態が隠されていた。
実際のところ、それは「対等な対話」などでは決してなかった。遥か東の田舎から来た無名の若者など、彼らにとっては路傍の石に過ぎない。
ショパンはただ、彼らのサロンに一方的に「列席させられ、彼らの姿を見た」だけに過ぎなかったのだ。のちにショパンが音楽院の学長ケルビーニを「ひからびたでくのぼう」と激しい皮肉で切り捨てることになる冷淡な拒絶が、そこにはあった。
ショパンは彼らを激しく軽蔑しながらも、オペラを書きたいという渇望とお金のために、のちに彼らの『ゴースト作曲家』としてその才能と時間を安く吸い取られていくことになるのだが、今の彼はまだ、その過酷な未来を知らない。ただ、貪欲に彼らから何かを吸収しようと、必死にその門を叩いていた。
そして何より、パリの冷酷さをショパンに思い知らせたのは、当時のピアノ界の最高権威、カルクブレンナーとの面会だった。
故郷の父ニコラも、エルスネル教授も、カルクブレンナーとは旧知の仲であるはずだった。普通に考えれば、実家からの手紙一通で会えるはずの相手。しかし、パリの現役の権力者であるパエール氏の強力な口利き(あるいは、門番を動かすための少なからぬ金)がなければ、巨匠はワルシャワからの手紙など一瞥もくれず、ショパンに会うことすら拒んだのだ。
故郷の大人たちの威光など、この地では何の役にも立たない——。
孤立無援を骨の髄まで知ったショパンのペンは、いよいよ、その偽りの巨匠カルクブレンナーの狂った包囲網へと向かっていく。
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