ガブリエル・クラウス(1842-1906)、彫刻(15 x 12 cm)より
マリー・ガブリエル・クラウス(1842年3月 24 日ウィーン-1906年1月 6 日パリ)
ソプラノ歌手
アントン・ルービンシュタイン、チャールズ・グノー、カミーユ・サン・サーンス、オーギュスト・メルメ、クレマンス・ド・グランヴァル、エリコ・ペトレラ、アントニオ・カルロス・ゴメス、エミール・パラディレなどのオペラの主役を演じました。
彼女はまた、ヴェルディとワグナーの初演を演じました。彼女は13年間パリオペラ座のプリマ・ドンナであり、イタリアとロシアでも成功しました。
ガブリエル・クラウスはパリのオペラ座でマイアベーアのオペラ≪アフリカの女≫でセリカ役を演じました。
ガブリエル・クラウス マイアベーアのオペラ≪アフリカの女≫セリカ役を演ずるガブリエル・クラウス。ガルニエ宮 1877年(パリ・オペラ座)
***ショパンとマイアベーアのこと***
ジャコモ・マイアベーアの5幕から成るオペラ≪アフリカの女≫はウジェーヌ・スクリーブの脚本で、 1865年4月 28 日フランソワ・ハインの指揮により、パリのオペラ座で初演されました。
ショパンは1345年の12月の頃に「マイアベーアは完全に上演準備ができているオペラが二つあるのです。…
彼が気に入った新しい歌手がいない限り上演はさせないのです。しかし、監督にシュトルツ夫人は影響力を持っているため、彼女は自分より優れた人物の歌手に主役を与えることはないと思われます。」と、既にマイアベーアの≪アフリカ≫が完成してることを姉のルドヴィカに話していました。シュトルツ夫人とは別名マダム・ド・シュトルツまたは、ファニー・ド・ベゴンでルージエール伯爵との結婚で伯爵夫人を名乗るようになったフランスの作家です。
「自分より優れた人に主役を与えたくない・・・」というシュトルツ夫人とは、マイアベーアと何らかの関係があったのかもしれません。 こんなところにも人間の持っている性が現れているのでした。そして、それを知っているショパンの予想は的中したようでした。1864年5月2日にマイアベーアは亡くなり、「アフリカの女」の初演はショパンもマイアベーア自身も観れなかったのでした。
Pianist由美子UNO が綴るショパンの情景
Pianist由美子UNOの感性が描くショパンの人生の旅のロマン このブログはPianist由美子UNOが全て手作業で行っており ショパンの物語の文章と画像はオリジナルです日々の出来事なども時折り皆様にお届けしております お楽しみいただけましたら幸いです
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