F.Chopin、ショパン自らの最後の出版…そして、なぜショパンはソランジュを助け続けるのか…

ソランジュ・デュデヴァントの写真から
✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
「私は、パリのサン・ラザール通り34番地に住んでいます。
ライプツィヒのブライトコプフ&ヘンテル社に、私が作曲した以下の作品を売却することを宣言します。
作品63 ピアノのための3つのマズルカOp.64 ピアノのための3つのワルツOp.65 
ピアノとヴィオロンチェロのためのソナタ
 私は、全世界(フランス、イギリスを除く)において、時間の制限なく本作品を販売することを確認し、
合意された料金を受領したことを確認し、別途領収書を発行します。フレデリック・ショパン」
ショパンは6月になってからルドヴィカへの書簡を出した後、これら三曲をまとめて、
 ブライトコプフ&ヘンテル社に売却した。
これが、ショパン自身で出版の交渉をした最後となるとは、この時ショパンは夢にも思っていなかった…。
…ショパンは47年のこの夏、自らの心に従い、もうノアンへ行くことはなかった。
ショパンやダーペンティニー氏が懸念したように、その不安はこの後、直ぐに的中した。
ソランジュとクレサンジュ、それに対してサンドの息子モーリスとの間で激しい争いがノアンのサンドの家で起きたと、サンドは言うのだ。
サンドは、ロゼールに宛てた手紙でその状況をクレサンジュを犯罪者として書いた。
「このノアンでは◯◯事件が起こるところでした。義理の息子(クレサンジュ)が◯◯◯◯を持ち出して、私が二人の間に割って入らなければ、おそらくクレサンジュはモーリスを◯していたでしょう。
クレサンジュはモーリスの顔を殴り、胸を殴りました。
もし、その場に居合わせた犬どもと、友人達と召使いが、力ずくで介入しなかったら
◯◯を持ったモーリスはその場でクレサンジュを◯っていたところでした。
そして、ソランジュが立ちすくみ、冷酷な表情を浮かべていました。
ソランジュは、
オーギュスティーヌ(サンドの養女)はモーリスの情婦だった、など信じ難い醜い作り話をしたのです。. . . この悪魔の夫婦(クレサンジュとソランジュ)を昨日ノアンから追い出しました。…」このサンドの話はあくまでサンドの一方的な証言で、証拠はないのである。ただ居合わせた人がいたと書いているが、実際、揉めたのであろうが、ショパンをソランジュから引き離すためのサンドの狂言の部分もあるかもしれない…何故なら、ロゼールがおしゃべりなことを知りながら、サンドは、この事件をショパンが知ったらショックでショパンは◯ぬであろうから、ショパンには話さないように、とサンドはロゼールに書いたのだ。
サンドだけの言い分だけでは、ショパンは信じなかった。ソランジュは、そのとき、すでに妊娠していたのだ、クレサンジュとソランジュはサンドにノアンから追い出されて、
ラ・シャトル( フランス、アンドル県のサントル=ヴァル・ド・ロワール地域)まで、駅馬車で辿り着いていた。
そこから、居場所を失ったソランジュとクレサンジュは、ソランジュはショパンを頼ってパリに居るショパンへ手紙を出した。
ソランジュの言い分では、母親サンドに恐ろしい目に遭わされたから、ノアンの館から逃げて来たと言うのだ。
ソランジュは妊娠しているというのに、親子の諍いと駅馬車の旅で疲れ果てたとショパンに告白した。
そして、ノアンにショパンが残して来たショパンの馬車はサンドが娘夫婦には触らせたくなかった。そのショパンの馬車をソランジュは貸してほしいとショパンに手紙で頼んだ。その方法は、
ソランジュはラ・シャトルへショパンの馬車の使用許可証をショパンに送ってほしいと
頼み、そして、その許可証をノアンへソランジュは送り、ショパンの馬車をラ・シャトルへ取り寄せ、晴れてクレサンジュとソランジュはパリまで快適に避難できるという
計画なのだ。
ショパンはソランジュからの頼みに直ぐに応じ、自分の馬車をラ・シャトルへ送るよう手配したのだ。ショパンはサンドへ自分の馬車だから、自分の許可証が有効であることを伝えたのだ。
そして、ショパンは更に
サンドの怒りを買う書簡をこの直後にノアンのサンドへ書いて出したのだった…
ショパンのこの行動でサンドはクレサンジュを使って金儲けをする計画が壊れ逆上した。
サンドがロゼールに話した、ソランジュが養女オーギュスティーヌと兄モーリスのいかがわしい関係を母サンドに暴露し非難したのは、ショパンと自分(ソランジュ)の関係をサンドに非難されたからだと推測すると話が繋がるのだ。
ソランジュはモーリスとオーギュスティーヌよりは、自分とショパンの関係のほうがまだマシであるとサンドに言ったということだ。
クレサンジュは2万4千フランの借金を抱えていた。サンドとモーリスとクレサンジュはお金の事で口論になり、乱闘騒ぎになり、果てはソランジュのお腹の子供は誰の子なんだ?とサンドはソランジュを問い詰め、追い詰めたのだ、ソランジュは結婚前の妊娠騒動で失った命を思い出し、身の危険を感じノアンから逃げたのだ。
サンドはソランジュの子供は誰の子供なんだい?まさかショパンの子供なのかい?不安に駆られるサンド…
ショパンとソランジュが仲がいいことを許すことは決してなかったサンド。
ショパンはある時知ったのだ、ソランジュは
フィリップ王の子供なのか…。

0コメント

  • 1000 / 1000

Pianist由美子UNO が綴るショパンの情景

Pianist由美子UNOの感性が描くショパンの人生の旅のロマン このブログはPianist由美子UNOが全て手作業で行っており ショパンの物語の文章と画像はオリジナルです日々の出来事なども時折り皆様にお届けしております お楽しみいただけましたら幸いです