2019年7月9日記事から、Director's Cutお届けします

8月最後の日にパリで姉ルドヴィカ夫妻を見送ったフレデリックは、直ぐにノアンに戻って、ルドヴィカに手伝ってもらったソナタ作品58の完成を目指した。
それから3週間近くが経とうとしていた。姉ルドヴィカとノアンで過ごした日々がそろそろ恋しくなったきたフレデリックはワルシャワのルドヴィカ夫妻へお礼の便りをしたためた。
「私はあなたが(ノアンで)ある晩、あなたが聴いた小さな歌をあなたに送ります。
ソランジュがあなた方に愛を送ると言っています。この曲をソランジュが私に二度思い出させて、そして、
私が音楽を書いている間、あなたのためにソランジュの記憶から歌詞を書いてくれました。私はあなた方が無事到着し、ウィーンとクラクフで私の手紙を受け取られたことと思っています。」
ルドヴィカ夫妻はポーランドに帰るにはウィーンを経由してクラクフを通りワルシャワへ帰って行った。
「私が約束した私の歌曲「美しい若者」をウィーンへ送りました。
クラクフへ送った短い手紙はフレデリック・スカルベック夫人へお渡しください。
もしも、2通とも受け取っておられない場合、ウィーンの郵便事情が悪いことを理解ください。」
フレデリックはブラックリストの監視下にあったため、ウィーン宛ての出版の交渉はいつも難航していた。そのため、ウィーンでフレデリックからの郵便を受け取ることは困難であることが想像がついていた。
そして、ロシア寄りであるヨゼフを信用をしていないこともあり、郵便がどうなるかを試す意味もあった、それをルドヴィカが後で本当のことを教えてくれるのではないかとフレデリックは思ったかもしれない。
フレデリックは続けて書いた。「もし、ウィーンで郵便が受け取れなかったら、クラクフへ転送するよう申し出て下さい。そして、クラクフの手紙の方はあなたからスカルベック夫人へお渡しください。」と、念を押した。
ポーランドへ帰れなかったことを、ヨゼフに揉み消されないようにする意図があった。
フレデリックはフォンタナがいた頃、「ノアンへ誰か助けに来てくれないかと思う
ことがある」「ポーランドへ一緒に帰ろうか」と、本音を語っていたことがあった。その気持ちは簡単には変わらなかったとしたら、ヨゼフへのこのフレデリックの行動は痛々しいものがある。
そして、フレデリックは更に書いた。・
「ウィーンへ送ったほうは放置しといてください。歌曲は何回でも書けますから、クラクフの郵便局留めのあなた宛てで送ってありますから気にしないでください。
私が気になるのは、クラクフのスカルベック夫人宛てのほうの手紙です。」さっきまで、ウィーンの手紙は転送を申し出るようにと話していたにもかかわらず、すぐ後で、あれはもういいから、クラクフで2通受け取るようにと書いているのだ。
つまり、フレデリックはウィーンへ歌曲が同封された手紙を1通と同じものをクラクフへも1通、そして、スカルベック夫人宛ての手紙をクラクフへ1通、全部で3通を一斉送信してあるのだ。
ヨゼフに自分の手紙がどうなるかはわかっているのだよとほのめかすフレデリックだった。
そして、続けて書いた。「昨晩、あなた方の夢を見ました。
旅の影響が健康に出ていないことを願っています。
モーリスがまだ帰って来ません。
明日後には帰るかと思います。
私たちがパリからノアンへ来るとき、あなたは、私たちが駅馬車で帰ると言ったのを覚えていらっしゃいますか?
駅馬車でノアンへ帰ることは、誰かが企てたことです。」
フレデリックは自分の馬車を持っていたにもかかわらず、駅馬車でノアンへ戻ったというのだ、それを、ヨゼフに「あなたが仕組んだことであることは私はお見通しなんですよ」、という意味をチクリと言っているのである。
ショパンの馬車はモーリスがどこかへ遊びに乗って行ってしまったということなのだ。それを、そそのかしたのがヨゼフだとフレデリックは睨んでいた。
ルドヴィカ夫妻が去ったあと、フレデリックはポーランドへ一緒に帰れるわけでもなく、かと言って、フォンタナを追ってアメリカへ行くことも許されず、パリにいてもヨゼフがろくでもない罠を仕掛けて行ったようだから、フレデリックはさっさとノアンへ戻るしかなかった。
フレデリックは話題を変えて続けて書いた。
「今日は私とサンド夫人はアルスという店で昼食をする予定です。
この店の夫人は伯母を住まわせて面倒をみているのです」
フレデリックの母親は妹イザベラがみていた。フレデリックはこういう人もいるのですよと親の面倒についてのフゼフの嫌みのお返しをした。
そして、ルドヴィカが読むであろうから最後に情緒的なことを付け加えたフレデリック。「サンドが、あなたたちが使った部屋を使っていますが、
あなたたちが残した余韻がないか私は見まわしました。
ホットチョコレートを一緒に飲んだソファと、カラサンティが残した絵があるだけです。
私の部屋にはもっとあなたのことを思い出させるものがあります。
テーブルの上には、ティッシュで包まれたままの、スリッパのためのあなたの刺繍があります。
そしてピアノの上にあなたが置いて行ってくれたペンケースの上には、僕の大切な小さな鉛筆が置いてあります。これはとても便利です。
あなたとカラサンティ(ルドヴィカの夫)に対する私のすべての愛を送ります。」
フレデリックは、ルドヴィカの夫フゼフを信用してはいない…、だからこそ、フレデリックは情緒に訴えかけた。
フレデリックはサンドとは同棲していないことを姉に書いている。フレデリックはいつもサンドとは別々に住んでいた。
フレデリックの部屋には姉ルドヴィカが寒がりのフレデリックのために残して行ったポーランドの伝統であるポーランド刺繍をしたスリッパが残されていた。

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