ℱ・ショパン《歓喜の舞台裏と白いバラの天使》
~歓喜の舞台裏と白いバラの天使~
第一楽章「アレグロ」の嵐のような拍手が静まると、フレデリックは一旦ピアノを離れ、舞台は歌唱へと移りました。そして再び彼が鍵盤に向かったとき、劇場の空気は一変した。
「このアリアの後、私はアダージョとロンドを演奏しました。それから休憩に入り、私は友人たちと軽食をとりました。」
協奏曲の第二楽章「アダージョ(ロマンス)」の、夢見るような甘美な旋律。そして、華やかな「ロンド」。ショパンの指先は、緊張を通り越した「強さ」をもって、完璧なアーティキュレーションを刻んでいった。
休憩時間、楽屋に戻ったフレデリックを友人たちが囲んだ。フレデリックは、冷たい水を飲み、一口の軽食を口にしながら、彼は自分の成功を確信していた。しかし、彼の心はすでに、後半のプログラムに登場する「ある女性」のことで心の中は一杯だった。
~イタリアの風と、コンスタンツィアの登場~
後半の幕が上がった、タクトを握るのは、イタリア人の指揮者カルロ・ソリバだ。
「後半は『ウィリアム・テル』序曲から始まった。ソリバはそれをうまく指揮し、素晴らしい印象を与えた。実際、このときイタリア人は私に対して、とても友好的で、私は彼に感謝してもしきれないほどでした。」ティトゥスにフレデリックはそう話した。
ロッシーニの躍動感あふれる序曲が、劇場の興奮を最高潮に高め、ソリバの巧みな指揮がオーケストラから輝かしい響きを引き出した直後、ついに彼女が姿を現した。
「グラドコフスカ嬢のアリアについては、彼女は白の衣装を身にまとい、髪には一輪のバラを挿していました。その姿が見事に彼女に似合っていました。」
コンスタンツィア・グラドコフスカ…彼女が舞台に現れた瞬間、フレデリックは息を呑んだ。純白のドレスと、その髪に揺れる一輪のバラ、それの白いバラはコンスタンツィアのフレデリックへの尊敬と、かなわぬ恋の痛みを表していた。
そして、それは、この世で最も美しい音楽の化身のようだった。
~千ドゥカートの低音:魂の歌声~
彼女が歌ったのは、ベルリーニの歌劇『カプレーティ家とモンテッキ家』からのアリア “O quante lagrime per te versai” (ああ、あなたのゆえに、どれほどの涙を流したことか)。
それは、フレデリック自身の別れの悲しみを代弁するかのように選曲されていた。
「彼女は “Tutto detesto” を低音Bまで見事に歌い上げ、ジエリンスキーはそのBだけで1,000ドゥカットの価値があると断言しました。このアリアは彼女の声に合うように移調されており、それによって大きな利益を得たのです。」
コンスタンツィアの声は、ソプラノの輝きを持ちながら、深い悲哀を湛えた低音まで完璧に響き渡りました。フレデリックはその声を聴きながら、胸が締め付けられるような感動を覚えた
、その旋律は、まさに彼女の魅力を最大限に引き出すために用意された、完璧な選曲だった。
~故郷への愛を込めて~
愛する人の歌声が劇場を震わせ、彼女が万雷の拍手の中で舞台を退場した。
そして、フレデリックは、その余韻を胸に抱いたまま、再びピアノの前に座らなくてはならなかった。
「グラドコフスカ嬢が舞台から退場した後、私たちは『ポーランド民謡による大幻想曲(ポット・プーリ)』を演奏しました。」フレデリックは話を続けた。
最後を飾るのは、ポーランドの土着のメロディを散りばめた華やかな幻想曲。クルピンスキが見守り、ソリバのタクトが支え、そしてコンスタンツィアが見守る中、フレデリックは故郷の歌を歌い上げるように弾いた。
(マズルカ)やクヤヴィアクののリズムが、彼の指先から溢れ出し、ワルシャワの聴衆の魂を揺さぶり、演奏が終わったとき、フレデリックは自分が「上がって」などいなかったことを、そしてこのワルシャワでのすべてを愛していたことを、あらためて自覚したのだ。
フレデリックのティトゥスへの書簡の内容は、単なる演奏会の報告ではなく、フレデリックの「音楽家としての矜持」と「ひとりの青年としての恋心」が美しく溶け合った青春の記録そのものだった。
この「ポット・プーリ(大幻想曲)」を弾き終えた瞬間の、フレデリックの姿は聴衆に清々しい表情に映っていた。
ポーランドの魂を込めた『ポット・プーリ(大幻想曲)』を弾き終え、熱狂の渦の中で幕を閉じた演奏会。フレデリックがティトゥスにその「熱烈なフィナーレ」と「その後の余韻」を詳しく報告した。
舞台に再び戻ったフレデリックが『ポーランド民謡による大幻想曲』の最初の一音を打ち鳴らした瞬間、劇場の空気は「静聴」から「熱狂」へと一変したのだ。
この曲には、ポーランド人なら誰もが幼い頃から耳にしてきた子守唄「月は隠れた(Juz miesiąc zeszedł)」や、陽気なマズルカの旋律が織り込まれているからだ。フレデリックの指先が鍵盤の上を舞うたびに、聴衆は自分たちのアイデンティティが宝石のように磨き上げられていくのを感じていた。
「最後を締めくくったポット・プーリは、信じられないほどの成功を収めました。聴衆は狂喜し、私は何度も、何度も舞台へ呼び戻されたのです。」
拍手は地鳴りのように続き、フレデリックは何度も深いお辞儀を繰り返しました。その視線の先には、満足げに頷くカロル・クルピンスキの姿があり、そして舞台の袖でアリアを見事に歌い終えたコンスタンツィアが、紅潮した顔でフレデリックを見守っていた。
演奏会が終わると、フレデリックはすぐさま友人や音楽家たちに囲まれ、誰もが彼の驚異的なテクニックと、何よりその「音楽の深さ」に惜しみない称賛を送った。
「エルスナー教授(師)は、私の演奏が単なる技術を超えて、ポーランドの心そのものを語っていたと言ってくれました。そして、イタリア人のソリバもまた、私を抱きしめて『君は天才だ』と繰り返したのです。」
しかし、どれほど多くの称賛を浴びても、フレデリックの心はどこか冷静で、そして孤独に満ちていた。彼が何より嬉しかったのは、技術を褒められたことではなく、自分が「舞台で少しも上がらず、意図した通りの音楽を完璧に支配できた。」という自負と事実だった。
それは、これから始まる未知の異国での戦いに向けた、フレデリックの「勝利宣言」でもあった。
~ベルリーニの歌劇のアリアを歌うコンスタンツィア~イメージ画像 この画像はコピーガード施されています。
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