ℱ・ショパン《あやつり人形の檻(おり)帝王が隠した卑しき虚栄心》④
表面上は「親愛なる同業者」として調子の良い顔をしながら、腹の底では激しい嫌悪と見下しを隠さない老巨匠たち。
ショパンの異次元の才能に嫉妬しながらもカルクブレンナーに敵意を燃やすエルスネルと、エルスネルの鼻をあかそうとショパンの全存在を否定しにかかるカルクブレンナー。
若き天才ショパンは、パリの冷酷な現実だけでなく、老いた権力者たちが仕掛けた、醜き「流派の代理戦争」の泥沼のど真ん中に、丸腰で立たされていたのである。
カルクブレンナーはパリで、自身の独自のメソッドを叩き込む高額なピアノ学校を経営していた。それは世間から、
機械的にピアニストを大量生産しては消費していく、皮肉を込めた
「将来有望なヴィルトゥオーゾ(名手)の工場」とも呼ばれていた。
彼はこの「工場」をビジネスとして大成功させ、若者たちから莫大な富を搾取していたのである。音楽界の最高権力者という立場から
「我が工場に従わねば、お前の音楽家生命を終わらせる」
と言わんばかりにショパンを脅し、若き天才の自尊心をへし折っていく。
そうして作曲家としての弱みを冷酷に突きながらも、巨匠は同時に、館の豪華な調度品や、自らが従えるロスチャイルド家をはじめとする大富豪たちの影をちらつかせ、
甘美な「特別待遇」という飴を差し出した。
「君も、僕のようにこのパリの頂点で成功し、華やかな暮らしがしたければ、僕の言う通りにしなくちゃね――」
それは、親切な助言の仮面を被った、相手の人生を歪め、自分のコントロール下に置くための、成り上がり特有の老獪な
「毒」
であった。
「僕のもとで、3年間修行しなさい。そうすれば君は本物になれる」
貶められ、揺さぶられ、しかし同時に全肯定される――。
丸腰の異邦人は、親愛の情を抱かされながらも、その一方で「誰の物真似にもなりたくない」という本能的な拒絶の間で激しく自問自答することになる。
のちにショパンが、故郷の初恋の人コンスタンツェを心の奥に仕舞い込み、貴族の令嬢マリアへの傾倒を見せるようになるのも、この時目の当たりにした「パトロンに愛され、上流階級と同化する」という巨匠の成功モデルが、強烈な呪縛として脳裏に焼き付いたからかもしれない。
だが、この時ショパンが故郷の親友ティトゥスへ宛てて書いた長い手紙には、ある奇妙な表現が使われている。
巨匠の言葉に深く揺さぶられながらも、手紙の後半でショパンは
「みんなが、カルクブレンナーは僕に嫉妬しているのだと言っている。3年間拘束して、後になってから僕を自分の弟子だと世間に知らしめようとする虚栄心なのだと、みんなが言っている」と書き添えているのだ。
だが、パリに来たばかりの、あのプライドの高いショパンが、自らの弱みや巨匠からの酷評を、周囲の音楽家たちにさらけ出して相談したとは到底考えにくい。
――「みんな」など、最初からどこにもいなかったのではないか。
それは他人の意見などではなく、カルクブレンナーの「僕と君」という甘い罠の裏にある、あまりにも卑しい本音を、その鋭すぎる直感で最初からすべて見抜いていたショパン自身の冷徹な洞察だったのだろう。
カルクブレンナーは、ショパンの規格外の才能に恐怖していた。
だからこそ、自分の地位を脅かされないよう「生かさず殺さず」自分の手元に幽閉し、牙を抜いておきたかったのだ。
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