ℱ・ショパン《あやつり人形の檻(おり)帝王が隠した卑しき虚栄心》③
さらに、カルクブレンナーの巧妙な「逆襲」が始まる。
「君はお調子者で、おだてられると頭に乗って調子よく弾くが...,。
実際のところは…
――へたくそだ!」
そう吐き捨てた巨匠は、自らの背負う歴史の重圧で、21歳の異邦人を容赦なく押しつぶしにかかった。
「君の演奏には正統な流派(メソッド)がない。基本が全くなっていないのだ。私が体現しているこの偉大なる正統な流派は、私が引退するか、この世を去れば、そこで途絶えてしまう。それほどまでに崇高で、習得が困難なものなのだ。
基本を欠いた君は、
『自分独自の新しい音楽や流派を作ればいい』などと傲慢に考えているのかもしれない。
だが、
古い正統な流派を完璧に習得しもしていない人間に、新しい流派など作れるわけがないだろう。
基本のない砂上の楼閣の上に、新しいものなど何一つ築けはしないのだ。
今の君のテクニックはあまりにも不完全だ。
だから君は、自分自身が作った曲すら、本当の意味で表現できていない。
このまま自己流で突き進み、君自身の個性的な特徴を無理に表現しようとしたところで、
行く末には必ず大きな挫折が待っている。
その結果は、目も当てられないほど破滅的で、散々たるものになるだろう。
僕の経営する学校で、3年間この正統な技術を一から学び直さない限り、
君の音楽家生命はここで終わるのだ――」
カルクブレンナーのこの容赦なき言葉は、目の前の21歳の若者だけでなく、その背後にいるショパンの恩師、ヨーゼフ・エルスネルへの強烈な一撃でもあった。
ドイツ生まれのエルスネルは、自らが持つドイツ古典派の正統な基礎をショパンに完璧に叩き込んだという、教育者としての絶対的な自負を持っていた。しかし、パリの頂点に君臨するカルクブレンナーにとって、
エルスネルの教育など「時代遅れの田舎の自己流」に過ぎない。
ショパンの基礎を全否定することは、すなわちエルスネルのこれまでの音楽人生を丸ごと踏みにじることに等しかった。
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