ℱ・ショパン《あやつり人形の檻(おり)帝王が隠した卑しき虚栄心》⑤


そして万が一、


ショパンが世に出て有名になったとしても、自分の方が上の存在であり続けられるように「あいつは私の弟子だった」という看板にし、自分の名前を歴史に残そうとする――。


その身勝手で卑しい虚栄心を、ショパンは完全に看破していたのである。

しかし、自分が気づいた巨匠の正体をそのまま書いてしまえば、若者の自惚れや不敬と取られかねず、ロシア帝国の過酷な検閲官に読まれた際のリスクも高すぎる。

だからこそショパンは、自分の意見を「みんな」という曖昧な言葉の中に匿い、注意深くぼかして筆を走らせたのだ。

さらに手紙には、遠いワルシャワの父ニコラや姉ルドヴィカが「巨匠の言う通りにしなさい」と3年の修行に賛成していることも報告されている。これもまた、故郷の家族を安心させ、ロシアの監視の目から守るための、痛々しいほどの「安全なポーズ」であったのかもしれない。

あやつり人形の糸を自ら断ち切ったはずの若き天才は、表向きは巨匠を崇拝する「ピュアな若者」の仮面を被りながら、その裏で、見えない検閲の網と大人の世界の罠を冷静に見切っていた。


「この表現でも、君ならきっと僕の本当の戦いを分かってくれるはずだ」


現存しないティトゥスからの手紙に向かって、祈るように言葉を紡いだショパン。


彼は、本音を絶対に明かさない孤独な知性を武器に、

パリの荒野へと、確かな第一歩を刻み込んでいくのである。

Pianist由美子UNO が綴るショパンの情景

Pianist由美子UNOの感性が描くショパンの人生の旅のロマン このブログはPianist由美子UNOが全て手作業で行っており ショパンの物語の文章と画像はオリジナルです日々の出来事なども時折り皆様にお届けしております お楽しみいただけましたら幸いです  

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